がん、心臓病、肺炎に続いて日本人の死亡原因の第4位となっている脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)。高齢者の増加に比例して今後も患者数が増えると予測されますが、脳卒中で倒れるのは高齢者だけではありません。
脳卒中の発症には、高血圧や糖尿病などの生活習慣病が深く関与していますが、若い人でもこれらの生活習慣病を複数抱えている人もいます。したがって、30代や40代の働き盛りの世代でも脳卒中となり、後遺症を抱えている方は決して珍しくないのです。
急性期の治療とリハビリを専門医、看護師、リハビリスタッフ等のチームで行う専門病棟「SCU(脳卒中ケアユニット)」の増加、t-PA静注療法に代表される治療法の進歩により、以前より後遺症のレベルを軽減させることができるようになり、社会復帰を果たす患者さんは増えていますが、脳卒中が恐ろしい病気であることには変わりありません。2020年には脳卒中の患者数は300万人を超えると予測されています。
したがって、40代くらいの年齢になったら脳の健康状態を調べておくことが大切です。そこで自覚症状が現れない脳の病気(隠れ脳梗塞や未破裂脳動脈瘤)の早期発見を目的として、近年、中高年の受診者が増えているのが、「脳ドック」と呼ばれる脳の検診です。脳ドックの検査の中心を担うのは、MRIやMRA、頸動脈エコーで、これらの画像診断に血液検査や血圧測定、心電図などを加えたものが標準的なコースとなっています。
脳ドックのMRIとMRAで早期発見が可能なのは、最も発見頻度が高い「隠れ脳梗塞」と呼ばれる自覚症状のない小さな脳梗塞をはじめ、破裂するとくも膜下出血を引き起こす未破裂脳動脈瘤、無症候性動脈狭窄、脳腫瘍、初期の認知機能障害などです。
なかでも「隠れ脳梗塞」は自覚症状がないため、本人が知らないうちに複数の梗塞が起きて、いずれ太い血管を詰まらせて本格的な脳梗塞を発症させたり、認知症につながるリスクがあります。また脳卒中のなかで最も死亡率の高い「くも膜下出血」の原因となる未破裂脳動脈瘤(コブ)も症状がないため、脳ドックでの画像診断が早期発見の唯一の方法となっています。
脳ドックの検査では、MRIやMRAで隠れ脳梗塞や未破裂脳動脈瘤などの脳の病気を早期発見するだけでなく、頸動脈エコーで脳梗塞の引き金となる動脈硬化の程度を調べたり、血液検査で脳卒中の危険因子となる高血圧、糖尿病、脂質異常症の有無なども調べます。
日本脳ドック学会では、脳ドックを受ける年齢について明確な線引きは行っていませんが、以下に挙げる脳卒中の危険因子を複数抱えている人、家族に脳卒中になった人がいる方は、40歳になるまでに一度脳ドックを受けておくとよいでしょう。
脳卒中の危険因子として最も怖いのは、高血圧(140/90mmHg以上)です。特に頸動脈(心臓から脳に酸素や栄養を運ぶ太い血管)や脳の主要な動脈に起きる「アテローム血栓性脳梗塞」と、脳の表面から深部に枝分かれする細い血管が詰まって起こる「ラクナ梗塞」は高血圧と密接な関係にあります。
悪玉のLDLコレステロールと中性脂肪が増えすぎると「脂質異常症」となり、動脈硬化を促進させてしまうため、脳卒中の危険因子となります。日本人は塩分の摂取量が多いため高血圧になりやすいのですが、食生活の欧米化で脂肪摂取量も増えており、脳卒中のリスクはますます高くなってしまいます。
また若い人にも予備軍が多い糖尿病も注意が必要な危険因子です。高血糖の状態が日常化すると、血管や細胞が傷つき動脈硬化に代表される合併症を引き起こします。糖尿病に高血圧や脂質異常などの危険因子が加わると、動脈硬化は更に進行し、脳梗塞の発症リスクは倍増します。
糖尿病の診断基準は、空腹時血糖値が126mg/dl以上、随時血糖値が200mg/dl以上のいずれかで、かつHbA1cの数値が6.5%以上となっています。運動療法と食事療法で血糖コントロールが上手にできない場合は、血糖値を下げる薬を服用します。
肥満は脳卒中と直接関係ありません。しかし、肥満が引き起こす高血圧、糖尿病、脂質異常症の状態は、上記のように脳卒中の重要な危険因子となります。肥満からさらに進んで「メタボリックシンドローム」の状態になると、脳卒中のリスクは大きく増加します。メタボリックシンドロームとは、腹部の肥満(内臓脂肪の蓄積)に、高血圧、高血糖、脂質異常、低HDLコレステロールなどの項目が複数該当する状態のことです。
喫煙も脳卒中の発症に関わる重要なファクターです。タバコを吸うと、血中の赤血球が増加するため、血液がドロドロになる一方で、血中の余分なコレステロールを掃除するHDL(善玉コレステロール)が減少するため、動脈硬化を促進させます。
またタバコに含まれるニコチンには、血管を収縮させる作用があるため、血圧を上昇させてしまいます。高血圧が最も怖い危険因子であることは先述の通りです。
脳ドックの費用は保険診療の扱いにならないため、3~10万円する検査費用は自己負担となりますが、脳血管障害が生活に与える影響の大きさを考えると決して高いとは言えないと思います。
MRI、MRA、頸動脈エコー等の検査はいずれも苦痛なく受けることができ、放射線の心配もありません。検査時間は、血液検査や心電図検査、血圧測定、尿検査などを合わせても半日程度で終了します。
脳ドックの検査内容や検査機器の充実度は医療施設によって差があります。日本脳ドック学会では、検査機器や検査項目の基準を設けており、それらを満たした施設を日本脳ドック学会の認定施設としています。
脳ドックを選ぶ際にはこうした施設や、脳疾患の専門医(神経内科医や脳神経外科医)が在籍しているかを基準の一つにするとよいでしょう。特に「隠れ脳梗塞」は、MRI装置の性能、放射線技師、診察する医師のレベルによっては”見落とし”ということになりかねません。
また検査結果は、書類を後日郵送するのではなく医師が面談して説明してくれるかどうかも確認しておきましょう。